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浅間神社

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富士見町内の国道16号線に面していて、
浅間神社古墳、通称母塚と呼ばれる古墳上に鎮座しています。
(因みに国道16号線を隔てた愛宕神社が「父塚」です)
大正12年9月の関東大震災で本殿が倒壊しましたが、
同年10月には再建されています。
それだけ大事にされていたのかもしれません。



しかも、今回の取材で大変なお宝を発見!
「小江戸っ子」が初めて公開します。
初公開!天井絵巻(仮称)

天井の1枚1枚の板に平安絵巻のような、人物絵が描かれています。
こぢんまりとした社ですが中に一歩入ると、そこはまるで
京都の有名な神社やお寺の天井を見てるようです。

これは関東大震災以前、創建当時に描かれたものですが、
残念なことに傷みが激しいので
かなり色あせや剥がれが目立ちます。
当時は、それは それは 見事なものだっただろうな。と感じます。
何とか修復して保存して頂きたいものですが、
修復するには数千万円かかる とか。
「雨漏りがしたら直すなど、現状維持がやっとです」と、管理人様が
おっしゃってました。
本殿内は一般公開しておりませんので、行ってご覧頂くことは出来ません。
今回特別に取材させて頂きましたので、浅間神社を訪れた際は
この天井絵巻(仮称)を思い出してご参拝下さればと思います。

毎年7月13日は仙波浅間神社の初山で、過去1年間に結婚した花嫁、またお子様が出来ると初詣する風習があります。
沿道にはたくさんの夜店も並び賑わいます。

地元の方のお話では、「なぜか雨の日が多いんですよ。」と、おっしゃていました。
そう言えば昨年(2007)初めて取材に来た時も雨だったことを思い出しました。

この浅間神社の冨士詣は宝暦3年(1735)頃より盛んに成って現在まで続いている富士山信仰で、遠く駿河までお参りに行けない人々が、この神社に足を運び、神社裏手にある
冨士の噴火口を現した池にお賽銭を投じて、安産や開運を祈願します。 七福神巡りの際、妙善寺から天然寺に向かう途中にありますので、立ち寄ってみては
いかがでしょう。
参考:浅間神社古墳  円墳で、その規模は高さ約5メートル、
周囲42メートルである。現在この古墳の頂上には、浅間神社が祀られており、
このためかなり削りとられて墳頂部は平坦になっている。
古墳のすその部分に低いところが見られる事から周溝が巡っていたと考えられる。
愛宕神社古墳と共に仙波古墳群の中では規模も大きく、群集墳が発生した初期の
頃に築造されたものであり、6世紀の中頃のものであろう。
仙波地域一帯が農業を専業とする人々によって村落が形づくられ、その指導者の
墓として作られたものであり、川越市内では、的場古墳群、南大塚古墳群、下小坂古墳群のひとつである。  川越市教育委員会 旧跡解説文より

参考:【占肩の鹿見塚(うらかたのししみづか)碑】
万葉集巻十四の 武蔵野に占(うら)へ肩灼(かたや)きまでにも 告(の)らぬ君が名うらに出にけり
という歌は古代日本人が多く住でいた鹿を持し、その肩を焼いて吉凶を占った習慣にふとよせた情緒深い歌であるが、この誕生地が長いこと謎だった。
この仙波の地には、父塚・母塚もふくめて古墳群が形成されていた。
しかし、この鹿見塚は大正3年に消滅してしまったが、土地の小名にも「シシミ塚」「シロシ塚」などと記録されている。シシとは鹿のことである。
建碑の場所は便宜上浅間神社の前を選んだのである。
川越市教育委員会 旧跡解説より抜粋
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